カテナチオ
カテナチオ(Catenaccio)とは、1950~60年代にイタリアで流行したサッカーの戦術。
ほとんどの選手が自陣に引いてしっかり守るという堅い守備で、前線の数人だけで素早く得点を取るという
イタリアのカウンター・サッカーの戦法をこう呼ぶ。サッカーにおいて堅実な試合運びを好み、内容よりも結果を重視するイタリア人らしい戦術である。
あまりにも守備を重視した戦術であったため、それが転じて、現在ではイタリア・サッカーの守備的な戦い方そのものを表す。
カテナチオという言葉自体は、イタリア語で「カギを掛ける」、「閂(かんぬき)」という意味である。ディフェンスラインの後ろで
左右に動くスイーパーの動きがかんぬきを差す動きに似ていたところから、そう名付けられた。また、カギを掛けたように守備が堅い戦術という意味もある。
現在ではサッカーイタリア代表の固い守備陣のことをカテナチオと呼ぶことがしばしばあるが、実際このシステムは1960年代の内に消滅しており厳密にいえばカテナチオという呼称は相応しくない。
この理由からイタリア人は自国の守備陣がカテナチオと呼ばれることに対して少々辟易しているようである。
歴史
カテナチオは、オーストリア人監督のカール・ラパンの「verrou」(ドアボルト)システムにその起源を持つ。ディフェンスラインの後ろに「verrouller」という完全に守備的な選手を置く
その戦術をイタリアの各クラブチームが採用し、発展させたものがカテナチオで、その中でも有名なのが、ネレオ・ロッコのパドヴァやエレニオ・エレラのインテルである。
特にアルゼンチン人監督のエレニオ・エレラは1960年代に、この戦術を用いて国内リーグ・タイトルやヨーロッパ・チャンピオンズカップを勝ち取り、チームは「グランデ・インテル」と呼ばれた。
エレラのカテナチオは、マンツーマンで守る4人のマンマーカーの後ろに、この4人が逃した相手アタッカーを捕まえる守備の選手を置くというものであった。 この選手はマンマークの守備から自由であったことから、
イタリア語で「自由」を意味する“リベロ” と呼ばれるようになった。1-4-3-2のシステムで、4人のフルバックが相手の4人のフォワードをマンマークし、その後ろで一人あまったリベロがそのカバーリングを行ったのである。
その後、フォワードの数が1人減った4-3-3のフォーメーションが現れると、それにあわせてフルバックが1人減った1-3-3-3へと変化したが、基本的には同じである。 3人のフルバックのうち、右のフルバックは守備専門だが、
左はオーバーラップして攻撃参加するテルツィーノ・フルイディフィカンテ(流動的な、という意味)であった。
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“地元チーム”の応援に、なぜそこまで燃えるのか?八百長スキャンダルにも揺るがない、カルチョとイタリア人のメンタリティに迫る。
【本文より】
数年前、ヴェローナのスタディオ・ベンテゴーディでヘラス・ヴェローナ(当時セリエB)の試合を観ていた時のことだ。
試合中、僕の目の前でとんでもないことが起きた。ヘラスのウルトラスが、有色人プレーヤーに向かって、
人種差別的なヤジを飛ばし始めたのだ。それだけならイタリアのスタジアムではよくあること。
しかし、僕が驚いたのは、それが彼らが応援すべきはずのヘラス、つまり味方の有色人プレーヤー、
パパ・ワイゴ(セネガル出身。現在はセリエAのフィオレンティーナでプレー)に向けられていたことだ。